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さよなら、オレンジタワー。

先日、シンガポールで悲しい事が二つあったと書きました。
一つは友人の死。そしてもう一つは、今晩放送のラジオでもお話しましたが、
私がシンガポールで最初に住んだ「オレンジタワー」こと、
「ゴールデンタワー」が、取り壊された事でした。
古い建物がどんどん取り残されていく中、リニューアルもされず、
昔のままの形で50年以上も残っていたオレンジタワーは、
ついに取り壊されてしまいました。

▼古びてオレンジが肌色下していましたが、昨年のお正月までは確かにありました。
sachiyo_5.jpg
このオレンジタワーを舞台に私は、曲を二曲書きました。
ご存じの通り、「michelle」と「変わらないもの」です。
シンガポールで最初にお友達になり、仲違いをしてしまって
それっきりになってしまった女の子、そしてこのオレンジタワーで50年以上も
庭師として働いていたおじさん、それぞれへの想いを綴った2曲です。

オリジナル曲を作るようになってから、立ち寄るようになったオレンジタワー。
小さな頃と何一つ変わらない建物と、変わらずに働き続けているおじさんに会いたくて、
シンガポールに帰る度に足を運んでいました。
▼タワーの前のmichelleと私  →  ▼6年前に帰った時は、まだ原型を留めていました。
michelle.jpg  sachiyo_1.jpg

▼それが、今回立ち寄ったら、この有り様でした。
orenge.JPG
▼私の家だけではなく、michelleの家も... → ▼この有り様です。
sachiyo_2.jpg  mi_house.JPG

周辺一帯が、大規模な工事を行っていたので、もしかしたらシンガポールの
新たなランドマーク的なものが建つかもしれません。

michelleだけではなく、変わらないもののおじさんにももう会えない...。
8月に一度帰星した時になぜ立ち寄らなかったか。
まだ間に合ったかもしれないのに。おじさんにはもう二度と会えない。
せめて、もう一度だけでも会いたかった。ちゃんとさよならを言いたかった。
まるで帰る所が無くなってしまったかのような気持ちになって、
人目もはばからず、私は大泣きしながら帰ってきました。
後から後から涙が溢れて、止まりませんでした。

何事にもその現実には意味がある。
そう考える私は、意味を、理由を、探してしまいます。
これは後ろを振り返るな、前に進めという事なのか。

4才〜8才まで住んでいたオレンジタワー。
その4年間の生活は、昨日の事のように鮮明に覚えています。
皆さんにとって、原点のような場所はありますか?

変わらないもののおじさんは会えずともどうか元気でいて欲しい。
michelleにもいつか必ず会いたい。
そう願いつつ、私は自分の気持ちの整理をつけるのに、必死です。

コメント

こんにちは。只今シンガポールへ来ております。
現地のお客さんがPandan Cres.という場所にあり、仕事を終えた帰りにWest Coast Rd.まで歩きました。そしてウェストコースト校舎の跡地を見学。建物は無くなっても芝生の公園として面影を残しているのがなによりです。Waseda Sibuya っていう学校が道路を挟んだ向かいに出来ているのに驚きました。そのあとバスに乗ってVivo Cityへ。どんどん変わって行くシンガポールに躊躇いながらも、逞しさを実感。(なんか雰囲気は豊洲のららぽーとみたいだった)コンサバディブとクリエィティブのバランスが大事ですね。
美味しいものをたらふく食べているのでちょっと心配です(笑)
昨夜は恒例の「Southern Christmasを聞きながらオーチャードをぶらり歩き」をしてきました。

はらださん、こんばんは。
いつもシンガポールからのコメント、嬉しいです。
シンガポールはほんとに開発が進んで、毎年進化していますよね。
最近は、ナイトスポットが充実していて、
大人が楽しめる場所がバーが増えているようですよ。
私的には、ナイトサファリとか植物園とか自然や動物と
触れあう場所が好きですけどね。
「Southern Christmas」は、シンガポールに居ただけでは
書けない、日本に帰ってきたからこそ書けた曲かもしれません。
ご愛聴、本当にありがとうございます(^^)

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