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おばあちゃん。

ライブも終わって仕事が少し落ち着いたので、祖母に会いに行きました。
以前このブログで父方の祖母の事を書いた事がありますが、
今回会いに行ったのは、母方の祖母の方です。

私が親元を離れて帰国したのは、高校生の時でした。
高校は保護者が必要で、保護者代わりになってくれたおばあちゃんと
3年間二人きりで生活しました。
こういう理由がなければ、祖母と二人きりで生活する機会なんてなかったと思います。
芯が強くて、口が悪い祖母とはケンカが多かったですが、
大学に入学して一人暮らしを始めてから思い出すのは、
寒い日に用意してくれた甘酒とか、お布団にそっと忍ばせてくれた湯たんぽとか、
ほくほくのかぼちゃの煮物とか、おばあちゃんの温かい部分ばかりでした。

社会人になって、おばあちゃんが肺ガンになった時、恩返しの気持ちで、
3ヶ月近くの入院生活、毎日病院に通いました。
当初、ガンである事を黙っていたので、おばあちゃんとバイバイをしてから、
こっそり裏口から担当のお医者様の部屋に入って、話し合った事もありました。
長年病院勤めをしていた祖母は、薬や検査に詳しく「自分はガンではないのか」と
問い正す彼女に「そんな訳ないでしょ」と笑顔で言って、
家に帰ってから大泣きする事も何度かありました。
幸いガンは手術で完治しましたが、今度は脳梗塞、麻痺してしまった左半身を
毎日一生懸命リハビリして、動かそうとがんばっています。

おばあちゃんは戦争中、中国に居たので、北京語を少し話す事が出来ます。
満州で母を産み、終戦後日本に引き上げて来ました。
満州での生活、帰国への道程は想像を絶するもので、
この時の模様を「私の人生の原点、満州」というタイトルで、母が本にまとめています。
彼女の強靭な体力と精神力はこの時の生活で培われたもので、
おばあちゃんの言葉は一つ一つ重みがあります。
父方の祖母も戦争中は中国に居て、父は青島で生まれました。
双方の祖母が両親を日本に無事に連れて帰って来なければ、私は生まれてこなかったでしょう。
現在放映されている「華麗なる一族」の原作者、山崎豊子さんの代表作である
「大地の子」がNHKでドラマ化された時、私はシンガポールに居て、両親と一緒に
このドラマを見たのですが、両親が声を上げて泣く姿を私は初めて見ました。
危うく残留孤児となったかもしれない、自分の姿に重なるものがあったのだと思います。

私は中国語の歌を歌う時、自分が体験したシンガポールでの中国文化、
両親の生まれた国である事、そして双方の祖母の事を想いながら歌います。
なぜかとても懐かしい気持ちで歌う事が出来ます。

おばあちゃんのそばに居ると、何だか安心してしまって、私はいつも眠くなります。
一緒に生活している時も、私はよくおばあちゃんのそばで昼寝をしました。
おばあちゃんに毛布をかけて貰う瞬間が大好きでした。
今回会いに行った時も、おばあちゃんは車椅子、私は彼女のベッドで寝てしまうという始末(笑)

おばあちゃん、おばあちゃん。
たくさん長生きして欲しい。
でもきっと、もう会える時間は残り少ないのだと思います。
後で後悔したくないから、出来るだけ会いに行くね。
そして生きてゆく上で大切な事を、まだまだ私に教えて欲しいです。
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