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さくら想い。

気が付けば、3月最終日。
明日から4月、新年度なのですね。早いものです。
ラジオでブログをがんばってアップするなんて言っておいて、
また間が空いてしまって、すみません。
インフルエンザの後遺症か、体の調子があまりよくなく
動きがスロースローになっていました...。
もう大丈夫なんですけどね。

東京は桜が満開。
南国の、カラフルな色の花に囲まれて育ったせいか、
淡く、はかない色合いの「さくら」は、私にはとても魅力的に映ります。
桜を見ながら日本酒をちびりちびりなんて良いですネー(笑)
日本人に生まれてよかったと思える瞬間です。

桜は年度の節目に咲くせいか、自分の心を投影してしまいます。
今年、桜を見ている自分の心はきれいだろうか。
去年より曇ってしまってはいないだろうか。そんな事を考えてしまいます。

インフルエンザで寝ている時、実は私は自分の一枚目のアルバム、
"sachiyo sings singapore"を聴いてみたりしていました。
自分の一枚目のアルバムは、私にとっては未熟さばかりが浮き彫りになってしまって、
これまで自分自身ではあまり聴こうとはしませんでした。

アルバムは発売する時点でも、歌手にとっては「過去のもの」になってしまいます。
最高の歌をアルバムに残そうとレコーディングに臨むのですが、
実は歌は、アルバムを完成させた後の方が、劇的に変わる気がします。
形に残そうとする事で、徹底的に自分の歌を見つめ直すせいかもしれません。
二枚目のアルバム"Rojak"を出した事で、私にとって一枚目は「過去の過去のもの」
という感じになってしまって、更に聴かなくなってしまいました。

しかし、一枚目のアルバムを出してからもう3年。
年数も経っているし、だいぶ客観的に捉えることが出来るようになったせいか、
自分のラジオ番組などでも自分の曲をかける機会が増えたせいか。
改めて聴き直してみると、自分で言うのもなんですが、「悪くない」のです(笑)
もちろん今より技術的には未熟なのですが(今もまだまだ未熟なんですけどね)、
なんて言ったらいいのだろう、「志」のようなものが、はっきり見えるのです。

一枚目のレコーディングが終わった時に、私は自分のあまりの未熟さ加減に泣いてばかりいて、
そんな事をレコーディング・レポートにも書いたりしていたら、アルバムを買って下さった
あるファンの方からメールを頂きました。
「sachiyoさんは、もっともっと良い歌をと思うのでしょうが、
 でも私には、sachiyoさんがしっかりと前を向いて歌っている姿がはっきりと見えますよ。」
当時、このメールに本当に救われた事を、ベッドの中で思い出しました。

歌の技術は向上したかもしれない、でも私は初心を忘れていないだろうか。
経験を積むという事は、良くなるだけではなく、実は悪くなる可能性もあるのです。
私の歌は、作品は、そして心構えは、悪くなってはいないだろうか...。

もし何か違うと感じてる事があるのなら、改めよう。
ごちゃごちゃ言っている位なら、練習しよう。
桜を見ながら、そんな事を考えました。
さくらさん、ありがとう。