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柳沢さん、さようなら。

昨日は、函館シンガポール協会の会長である柳沢勝氏が急死され、
告別式に出席する為、急遽函館に行って来た。
柳沢さんには、愛知万博で初めてお会いして、
昨年のシンガポール・フェスティバル、
そして函館でのCD発売記念ライブでは、大変お世話になった。
私のサイトのphotosの函館でのライブで、
私に花束とケーキを渡して下さっているのが、柳沢さんである。
数回しかお仕事をご一緒出来なかったけれど、訃報を聞いた時、
「函館に行こう。」と、何の躊躇もなく思った。

私は自分の好きな事を仕事にして幸せですね、とよく人に言われる。
それはもちろんそう。とても幸せな事である。
けれど、こと「ビジネス」となると、理不尽なこと、辛いことも多々ある。
ミュージシャンは、「自分自身」を商売にしていて、それを全身で受けるため、
心から傷つく。
私は別に有名でもスターでも何でもないけれど、自分の音楽を大切にしている。
プロの歌手だという責任感とプライドもある。
柳沢さんは、私の気持ちや立場、ちっぽけなプライドを大切にして
接して下さった方だった。

函館屈指の実業家である柳沢さんは、一代で今日のマルカツ魚長食品グループを築いた。
地域経済の発展に多くの貢献を残し、函館とシンガポールの友好関係にも心を尽くされた、
世界で唯一人のシンガポール政府観光局名誉観光領事である。
シンガポールを通して知り合う事が出来た私は、
昨年、日本とシンガポールの国交40周年記念イベントとなった
シンガポール・フェスティバルと私のCD発売記念ライブの協力要請で、
2度函館を訪問した。

1年前に万博でお会いしているとは言っても、あれだけの大物である。
私の事など覚えてないだろう、初めましてから始めるんだろうなあと思っていたら、
会うなり、「万博以来ですね。久しぶりです。函館までよく来てくれました。」
と、笑顔で握手をして下さった。
そこから社長室で色々なお話をしたが、お話の内容や周囲のスタッフへの配慮を
見ているうちに、「この人はパパと同じだ」 と、思った。
娘の私が言うのも何だけど、私の父も世界有数の日本人である。
とても生意気な言い方だけど、父のような仕事の仕方、気配りが出来る日本人は、
そう居ないと思っていた私は、ここにもう一人居たと正直びっくりした。
「わかりました。大丈夫ですよ。出来る限りの協力をしましょう。
安心して歌って下さい。」と、言われた時に、世の中に「絶対」はないけれど、
何故だか私は「絶対大丈夫だ」と思ってしまった。

2つのイベントを実現させるまで、柳沢さんの心遣い、気配りは実に驚嘆に値した。
約束して下さった通り、私が安心して歌える最高の環境を用意して下さり、
本当に何から何まで面倒を見て下さった。
柳沢さんの仕事ぶりは、経済的に余裕があったから出来たという事ではなく、
そこに「心」があった。だから嬉しかった。
限られた時間だったけど、仕事に対しての姿勢、家族のこと、
シンガポールを大切に思っていること、色々なお話をして下さった。
「函館のクリスマスは奇麗だよ。今度はクリスマスの頃に歌いにいらっしゃい」と、
言って下さったのが、本当に昨日の事のようだ。

告別式は、国内外から2,500人もの人が集まった。
ナザン大統領からの弔電も読まれた。
シンガポール関係者も多数出席された。
▼会場には柳沢さんの一生、思い出の写真や品々が飾られ、
 シンガポールとの友好関係の記録等も展示されていた。
 あちらこちらに飾られているデンファレに胸が締め付けられた。
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盛大な献花式の告別式で、端々に、弔辞の言葉の数々に、
柳沢さん同様に「心」が感じられる素晴らしい告別式だった。
何より、柳沢さんに代わって、代表取締役となったご長男、政人さんの
重圧は大変なものだろうけれど、確かな決意を感じられる謝辞に心を打たれた。
同時に、自分自身を、弟の姿を投影してしまい、涙が止まらなかった。
参加された人々、それぞれに、柳沢さんとの交流の想い出があるのだと思う。
みんな泣いていた。

夜に、シンガポール大使館でのパーティーがあったので、夕方の飛行機で東京に戻った。
華やかなパーティーに出席していると、ついさっきまで告別式に出席していたのが、
嘘のようだった。
色々な人に柳沢さんの事を聞かれた。目が腫れているねと、たくさん言われた。
シンガポールに関係する、悲しい事と楽しい事、両方を味わった日だった。

「シンガポールが独立した1965年は、私が自分の会社を起こした年と同じでね。
あんなに小さな国が、世界で生き残ろうと一生懸命がんばってる。
私は本当に心から応援したいと思っているんですよ。」
大使館にあるシンガポール国旗を見ながら、柳沢さんが言っていた言葉を思い出した。
父に一度、会って欲しかった。

柳沢さん、どうぞ安らかに。ゆっくり、ゆっくり休んで下さいね。