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「シルク」と「ラスト、コーション」

実に対照的な2本の映画を観た。
「シルク」と「ラスト、コーション」。
前者は絵画で例えれば「水彩画」のようで、後者は「油絵」。
前者は「静」、後者は「動」。
どちらもラブストーリーで、映像も美しいが、表現方法が真逆であった。

「シルク」は、公開が終わる間際に観に行ったので、
祝日にも関わらず、観客が10人にも満たなかった。
終始、静寂に包まれているような映画だったので、
ペットボトルのキャップを開ける音さえ、気を使った。
隣に座っていた女性が英語の勉強でもしているのか、
時折ノートに何かを書いていた。
彼女に倣って、印象に残った台詞を考えると、

" I'll give you my word."

僕の言葉をあげる...で、「約束する」という意味になる。 
こういう英語が私は大好きだ。

それと、最後に手紙で読み上げられる、

"Farewell" 

あまり日常的には使われない、文学的な「さよなら」

正直、役者さんの演技より、全編に渡って流れる坂本龍一氏の「音楽」に感銘した。
これは「音楽映画」だと、思った。
役者の演技の一挙一動に、繊細に音が沿われていく。
動きに合わせて、まるで音がデザインされているようだった。

役所広司さんと中谷美紀さんの英語は、とても心地良かった。
nativeではないのだけど、きれいな英語。
いつも飛行機に乗った時に、変な巻き舌で喋る日本人CAさんの英語が
私はあまり好きではない。二人は、恐らく何度も何度も練習を重ねて、
日本人が話す最も「自然な発音」に辿り着いた気がした。

ニュアンスや空気感が、昔シンガポールで観た、
デヴィッド・ハミルトンのソフトフォーカスの写真のようで、本当に幻想的で繊細。

日本の舞台は「山形」。
母の出身地で、母が子供の頃に話してくれた冬山の様子、
最上川の急流などが描かれ、母と観に行けば良かったかなと、少し後悔した。
最後に一筋、涙が流れた。
はかない、はかない映画だっただけに、人によっては印象が薄いかもしれない。

かたや、衝撃的な映像が多いにも関わらず、
時間が経っても余韻が残ったのが「ラスト、コーション」。
英語で書けば、"Lust, Caution" 中国語の原題は「色、戒」。
「色を戒める」という意味になるのだが、
「色で戒めようとしたヒロインが、色で戒められる」という結果になる。

終始、息苦しい映画だった。
湿度が高い。
雨季のシンがポールのよう。
事実、「シンガポール」という単語が何度も出て来て、
その度に何だか自分の事を言われてるような気がした。

あまりにも直接的な性描写で話題の作品だったので、一人で観に行った。
男性と行っても、女性と行っても、帰り道に本心と違うことを言ってしまいそう。
しかし途中、あれだけのベッドシーンを、何百人もの「他人」と観ているのも変な気がした。
両隣が女性だったので、少しホッとした。

私はベッドシーンを、2つの見方で観てしまう。
一つはそのシーンが、本当にその作品にとって必要だったかどうか。
観客へのサービスのような、アクセサリーの様なベッドシーンは稚拙だと思うから。
もう一つは演じ手がどれだけ自分をさらけ出しているかどうか。
カメラやスタッフに囲まれて撮影をし、何千何万もの聴衆が観るという事が頭にありながら、
あんなに恥ずかしいシーンを、役者がどれだけ没頭しているかどうか、見てしまう。
私も人前でパフォーマンスを行う立場だから...我を忘れる演技を見たい。

「ラスト、コーション」のベッドシーンは必要不可欠で、というかあれがメインだ。
しかもあれだけのレベルのものだからこそ、心が揺り動かされた。
男女は、一度行為を交わすと、女は始まり、
男は何か(「全て」ではない。「何か」と言いたい。)が終わると、漠然と思っている。
これは、それぞれの体や精神構造が違うからどうしようもない事なのだが、
この作品の救いは、男女が逢瀬を重ねる度に、同じ速度で愛が進行していること。
死と隣り合わせの行為にも関わらず、探り合う「目」が少しずつ変わっていく。

トニー・レオンはもの凄くハンサムではないのだけど、
美形のワン・リーホンが、足下にも及ばないほどの大人の男だった。
「いい男」というのは、こういう人の事を言うのだろうなと、思った。
広東語が母語の彼だけど、奇麗な北京語だった。

そして、ヒロインのタン・ウェイは素晴らしい。
チャン・ツィイーよりも、生身溢れるリアルな女優さんだった。
彼女はこれが映画初出演だと言うのだから凄い。
衝撃的なベッドシーンで映画初出演と言うと、
日本で言えば、黒木瞳さんの「化身」を思い出す。
劇中、彼女の歌う中国語の歌が本当に素敵で、声の強弱の表し方が見事だった。

刹那的で極限状態が続く映画だったけど、瞬間でも互いに愛し愛され、
そこに確かに愛は存在したのだと、それがわかって良かった。
それにしてもショッキングな作品で、しばらく夜眠れなかった。

最近、週に1〜2本、映画を観ている。
昔、知人に「芸術家は一週間に一度、別の芸術に触れた方がよい」と言われた事があった。
芸術家なんて、私はそんな大それたものではないけど、その意味がわかったような気がする。

何だか恥ずかしい事を書いてしまった。

コメント

こんにちは。
私も見ました。心まで深い関係にならないうちに目的を遂げれば・・・と思いましたが、そうならなければチャンスもなかったと思うと、やはりこれ以外の結末しかなかったのかなと。
途中何度も「太太」という言葉が出てきて、シンガポール時代の笑い話を思い出しました。母が水墨画を習っていて、地元の中国語の新聞に紹介された時、名前の後に「太太(40歳)」と書いてありました。それを見た母は、「太っている女性っていうことかしら?」と憤慨していましたが、程なく「夫人」とわかり、笑い話になりました。日本ではいちいち「夫人」と表記しないので、習慣の違いを子供ながらに知りました。

sennaさん、こんにちは。
コメント、ありがとうございます。
お返事が遅くなってごめんなさい。
「ラスト、コーション」ご覧になりましたか...。
この映画は、ラブストーリーであると同時に、
戦争の残酷さも描いた作品であると思います。
おっしゃる通り、任務があったらこその出逢いで、
また、死をかけての行為だったからこそ、
互いの心の底の「悲しみ」を
共有してしまったのだと思います...。

「太太」の話は面白いですね。
「愛人」も中国語では、奥さんになりますしね。
同じ「漢字」を所有しての日本と中国の違いは、
英語と日本語との違いより遥かに面白いかもしれません。

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