親父の誕生会。
前回のブログで、恋の話をするなんて書いてしまいましたが、
その前にちょっとしたイベントがありましたので、そちらを先に書きますね。
先週の土曜日、5月31日は父の誕生日でした。
1940年生まれ、68才になりました。
丁度、本人が来日していて、父が日本で自分の誕生日を迎えるのは30年以上振り。
想い出に残るものにしようと、会場は弟のレストランAgで、
私が幹事をやって、全てを取り仕切りました。
こういう事には命をかけてしまう性格なので、お客様の声掛けから、舞台設定から、
プレゼント選びから仕掛けまで、フェスティバルさながらの準備を行いました。
本人の生まれた所から最近までの写真をスクリーンに映して、
Life Storyを紹介なんて所から、各グループの余興も色々。
▼親父4才の時。かわいい。

会場で流すBGMも父の好きなシナトラ、A.ウィリアムス、イタリアのミルバなど用意して。
マイク握ると人が変わる(!?)、司会進行はもうお手の物ですが、
私、ウェディング・コーディネーターとかも、出来るかもなー(笑)
参加者の皆さんから頂いた会費で、ブルーのジャケットをプレゼントしました。
すっかり太ってしまった父の体系に合うお洋服屋さんは、東京に一つしかないので、
父のプレゼント選びはそんなに大変ではなかったのですが、
皆さんからのお声もあり、母の方にもプレゼントを用意して...こちらが大変だった!!
母と言えば、皆さんご存知の私のオリジナル曲「蘭の女(ひと)」。
「蘭」のイメージが強い人なので、プレゼントは蘭にしたいけれど、
生花だと翌日からシンガポールに帰ってしまってもったいないし、枯れてしまうし...。
3日間、ネットを駆使して、生の蘭を加工して、色もそのまま、半永久的に楽しめる
グラスフラワーなるものが堂ヶ島にある事を見つけ、取り寄せたのは、誕生日前日。
いやあ、寝不足が続きました...。
▼お陰でこんなに大喜び!! ▼アップにするとこんな感じ。
▼Agからも、ゴルフ好きの父にちなんで、ゴルフバースデーケーキのプレゼント。
これでもか、これでもかと皆さんからプレゼントのラッシュで、父は本当に嬉しそうでした。
私からはもちろん「蘭の女」と「ありがとう」をセットにして、歌をプレゼントしました。
スピーチマイクで歌うのはちょっと辛かったけど、気持ちは伝わったと思います。
最後に両親からご挨拶。
父がシンガポールで監督をしていた「リトルライオンズ」の子供達も集まったので、
連戦連勝のチームがのぼせ上がって、負けてしまった時の事を話しました。
「勝つ」と言う事は偶然もある、しかし「負ける」という事に偶然はない、必然である、
負ける理由は必ず存在するという話です。
これは私達姉弟が、小さい時からよく聞かされた話でした。
父は、私達姉弟に子供の頃からスポーツをする事を勧めて来ました。
水泳に始まり、バレー、バスケ、ソフトボール、弟はこれにサッカーなどなど、
あらゆる種類のスポーツを私達はやって来ました。
父はなぜ、スポーツを勧めたのか。それは必ず「負ける」事を体験するから。
そして、個人戦では自分自身と戦う事の重要さを、
団体戦ではチームワークの意義と難しさを教える為でした。
私が割とぎりぎりの状態でもがんばれるのは、
スポーツをやっていたせいかもしれないと、今では父に感謝しています。
何しろ、高校の時にソフトボール部を辞めようとしたら、平手打ちされた位ですから。
超体育会系。
そして母の挨拶。
自分は占いなどをよく信じる性格だけど、主人の人生を見ていると、
例えその人の運命が予め決まっていたとしても、
運命は努力でいくらでも変えられるものかもしれないと思える。
彼は人が不可能と言う事を、努力で全て可能にして来たから、
という話をしました。
42年の結婚生活を経て、互いに尊敬し、支え合う、
この二人の子供に生まれて、本当に良かったと思える瞬間でした。
最後の最後に、弟が締めの挨拶をしました。
偉大な父を持ち、そのプレッシャーと戦い、悩み考える時も過去にはあった。
でも色々な日々を超えて、父さんの子供に生まれてよかったと、
今は心からそう思っている。
うん。
私も大きく頷きました。
本来であれば、親を養う年齢に来ている自分に、
しかし家族にはそれぞれの事情があり、
そうは言っても、やはり自立し切れてない自分を顧みて...。
色々な事を思う誕生会でした。
だいぶ昔にdiaryに書いた言葉を思い出しました。
本当にその人の為に何かをしたいと思ったら、その最大のプレゼントは、
自分が自立する事である。
がんばらないとな〜。
▼最後にみんなで記念撮影。
親父殿、健康にだけはくれぐれも気をつけて。
Happy Birthday!!