Singaporeに着きました!!
シンガポールに無事に着いております。
日本最後の1週間は、送別会に仕事の最終仕上げ、各種手続きと荷造り...
もう目の回るような忙しさだったので、こちらに来てもしばらく死んでおりました。
ご報告が遅くなって本当にごめんなさい。
日本最後の1週間。
また色々な方達に会い、話し、送り出して頂きました。
最初にお会いしたのは胡暁子さん。
タイガーバーム3代目社長、胡一虎氏に嫁ぎ、ご活躍ぶりは周知の事実。
アジアで最も有名な日本人の1人でしょう。
▼胡さんと。
ここ2年位でしょうか。とても可愛がって頂き、よくお食事をご一緒しました。
いつも朝から髪をきちんと結い上げ、センスのよい民族衣装を身にまとい、
はっきりとした口調で、真実をズバッと言われる。
元気が無くなると、彼女のオフィスにお菓子やお花を持ってお邪魔しました。
ご一緒するといつもエネルギーを頂きます。
この日も会うなり「シンガポールに行かれるって?日本の男に見切りをつけたの?
それがいいわ。並の日本男子はあなたには無理でしょう。」と言われました(笑)
シンガポールで自分はどう生活し、どう在るべきか、この日もたくさんの
ヒントを頂きました。シンガポールでの再会を約束し、お別れしました。
その日の夜には、関連会社のスタッフに送別会をして頂きました。
▼Farewell Message Plate。
蘭のオルゴールにメッセージ入りのプーさんも頂きました。
▼桜の木の下でみなさんと。
その翌日は、短大の友達とAgで送別ランチ。
▼短大の友達と。
▼Agのスタッフと...そしてみなさんから激励のプレートを。
ランチ後は、現地での手続きに必要な卒業証明書を取りに大学へ。
▼我が母校。
▼桜並木がきれいだった!!
新入生のサークルへの勧誘がたくさん行われていましたが、
誰からも声がかからず。あたりまえですが(笑)
大学へ行った後は、2日完徹で荷造りを行い、船便で出しました。
そして週末にはおばあちゃんの顔を見に、病院へ。
▼おばあちゃんと。
88才のおばあちゃんを目の前にして、シンガポールに行く...。
色々な想いが頭をよぎりますが
「また会えるように、ちゃんと長生きしてるから大丈夫。」と言われ、
定期的にお手紙をちゃんと書こうと決意しました。
その翌日には、ROUROUさんとAURUMでランチ。
▼ROUROUの陽ちゃんとマキちゃんと。
2004年からライブでの衣装のご協力を頂き、オリジナルのTシャツを作って頂いたり、
マキちゃんにはシンガポールに来て頂いた事もありました。
同じアジア看板の同士として、彼らの支えは本当に大きかった。
▼AURUMのスタッフとも記念撮影を。お花も頂きました。
▼その数日後、お餞別にとROUROUさんからプレゼントが届きました。
シンガポールのリトル・インディアで購入したサリー生地で仕立てられた、
着物襟とスリーブのドレス。まさに日星融合の想い出深い一品です。
いつかシンガポールでこの衣装を着て、ライブを演りたいなと思いました。
その翌日、翌々日も、親友達と最後の飲み会が続きました。
▼フェスティバルでお世話になったAfter the Sunsetで最後のsachiyo slingを。

お世話になった、全ての人とは会えなかったけれど、
本当にギリギリまで人に会う事をあきらめませんでした。
発つ朝。
日本とシンガポールを子供の頃から100回は往復していると思いますが、
成田で初めて泣きました。
出発するギリギリまで携帯のメールが絶えず、
今まで自分が築き上げてきたものの尊さを感じ、みなさんの温かさが身に染み、
1人日本に残す弟を不憫に思い、色々な気持ちが交錯して涙が出ました。
日本で活動して12年。私は本当に大きな、大きなものを皆さんから頂きました。
でも、たくさんの方の期待を背負っているからと言って、
シンガポールで、がむしゃらに活動をしようとは思っていません。
1日ぼーっとしていた...そんな日は1日も無かった12年間。
とにかく死にものぐるいでやって来ました。
私の心はまだ日本にあります。
しばらくはゆっくりして、心も体も十分に休めて、
本当の意味で日本での生活に終止符が打てるようになった時、
少しずつ再開して行こうと思います。
ブログ、がんばって更新しますね。見守っていて下さい。