ごめんなさい。生きてます。
日本から戻って来てからの3週間あまり、実は喉の調子のアップダウンを
繰り返していました。
耳鼻咽喉科の先生と、スピーチセラピスト(言語療法士)と
ヴォーカル・コーチが三位一体となってケアをして下さり、
ここに来て、ようやく声帯の調子が安定しました。
3人の先生が横同士でも連絡を取り合って、心を尽くして下さっています。
中でもスピーチセラピストという職業の方と私は初めて接触したのですが、
セラピストというだけにとても優しく接して下さって、
歌手にとって「声」がどれだけ大切なものか、メンタル面も十分に
サポートして下さいました。
徹底的に私の発声を見直して、くせや弱点を細部に渡って、
ああやってこうやってと指導改善して下さり、
「さあ、声を出してご覧なさい!」と言われ、声を出した瞬間、
今まで自分でも聴いた事がないツヤと伸びのある声を出す事が出来、
鳥肌が立ちました。
"Sachiyo, that's your real voice!!"と先生に言われ、
私は大泣きしてしまいました。
自分の声に感動したのは、産まれて初めての事で、
先生も「私も長い間、色々な声に取り組んで来たけど、
これだけの質の高い声に出会ったのは初めてだわ。感動です!」
と一緒になって、涙を流してくれて...。
ようやく、薬とマスクが友達という状況から抜け出す事が出来ました。
そして問題のアルバム制作。
今回は1枚のアルバムに3人のアレンジャー、3人の作詞家、
楽曲の提供をして下さるアーティストも居て、全ての関係者を含めると
とんでもない数の人間が居ます。
その頂点で、プロデューサーとして全ての指示と最終決定を下しているのが私です。
全員が初めましてのメンバー。
しかもシンガポールの音楽業界のみならずアジア全土で活躍している、
超一流の音楽人達です。
その大物の彼らを束ねているのが、一番未熟なこの私。
とは言っても、私も日本で着実に経験を積み、
それなりに修羅場をくぐってきたつもりです。
とにかく、私の音楽と歌に賛同して貰い、私が何を目指しているのかを
しっかりわかってもらうこと。
「彼らを本気にさせたい」
その一心で、3月一杯、自分の全ての時間を彼らとの関係構築に費やしました。
何度も打ち合わせを設け、スタジオに足を運び、
毎日毎日明け方までメールのやり取りをしました。
夜中の0時にメールを送って、2時に返事がきて、
3時にまた返事をしたら、更に4時に返事が返って来るという有様です。
台湾や香港の少し派手なポップスを主に扱っている彼らに、
「もっとシンプルに」と言っても「シンプル」の定義は様々な訳ですから、
「私の目指すシンプル」をわかって貰わないとなりません。
色や、食べ物や、洋服...あらゆる物を例に取って、
もう何だか頭がおかしくなる位、表現し続けました。
イメージだけではなく、技術的な事もどう直すか、どう演奏するかを
具体的に伝えなくてはなりません。
ここに来て活躍したのが、昨年来星早々、購入したエレピです。
実際に「こう弾いて欲しい」と、自分で演奏し、データ化して送ったり、
ピアノに限らず、各楽器の演奏法も音色を変えて演奏して指示したりしました。
「ギターのアーティキューレーション、ここはこうして下さい」だの
「ドラムのブラシの音色が乾き過ぎている。私が欲しい音色はこうです。」
なんて言ってる自分に驚きます。
そうこうしている内に、
「あなたは、自分の音楽に明確なビジョンを持っていて、
それを理論的に相手に伝える事が出来るね。
こう弾いて欲しいとデータを突きつけられた時は痛快だったよ!
わかった。君の目指すものにとことん付き合おうじゃないか!」という事を
言って頂けるようになりました。
そして今、関わっている全ての人達が、大本気モードで取り組んでくれています。
恐らく彼らが関わっているアーティストの中で、私が一番無名だと思います。
しかし、この無名の小生意気な日本人女をみんなが非常に面白がってくれていて、
私は遠慮する事無く、自分の思っている事を全て相手に伝えられる
環境を整える事が出来ました。
それは私が偉いとか、自分の努力によるものという事ではありません。
まず、私が過去に共演して来たミュージシャン達のお陰です。
いつも言われ続けて来たのは、
「ただなんとなく違うというのはだめ。何が違うのかを明確に説明すること」
「黙ってわかって貰おうなんて甘い考えは捨てろ。言わなければ何も変わらない」
そして、人を動かす事の責任の重さです。
言ったからには自分もそれだけの事をやることを常に求めらました。
また彼らは、世界的に通用する「譜面の書き方」や「音楽理論」を
私にきちんと教えてくれました。
だからこそ、私は伝達手段を得る事が出来たのです。
そして、もう一つは、今接しているアレンジャー達の懐の深さです。
本当に大きな心と、忍耐強さで、私を受け止めてくれています。
「ダメ出しして、デモを7回作って貰った」と、事務所に言ったら、
「デモが7つ目だって! sachiyo、そりゃ記録だよ。って言うかやり過ぎ!
彼はある有名なアーティストに5回作り直させられて、仕事を降りると
我々にクレームを言ってきた事もあるんだからね。今の所電話はないけど...」
と言われ、ちょっと顔が青くなってしまいましたが...。
「それは余計です」だの、「過剰」だの、「添加物はいらない」だの、
散々言っていたので、私には「オーガニック・アーティスト」という
あだ名が付いてしまいました...。
関わっているプロジェクトメンバー全員が、
「シンガポールを代表するアルバムを作る」という
意気込みで取り組んでいます。
そして、このまま行けば、それは実現可能な事だと私は思っています。
長い事、ブログを書かなかったので、日本からメールを色々頂きました。
ご心配をおかけして、本当にごめんなさい。私は大丈夫です。
ミュージシャンとして最高に充実した時間を過ごしているので、
どうぞご安心下さい。
そして、ニューアルバムの完成を楽しみにしていて下さいね!